• なぜ気になるのだろう goo blog「日々の細道」へのコメント記録~6日目

    箸遣いーNHKラジオ深夜便

    2007年03月07日

    コメント再開6日目 (一郎)2019-09-21 21:11:05夜 8時15分過ぎ
    まだ歯磨き中
    歯磨きの時間をPCタイムにしているので
    PC打ってるときは歯磨き休み
    考え中に歯磨き
    そんな風だから もう1時間以上になる
    何時もこんな感じ
    何か一つに集中できない
    何かしながら何かする
    いわゆるながら族
    もうこんな言葉死語だと思うが
    私の中では生きている言葉
    おかしいよね 考えたら
    歯磨き早く済ませた方が
    PCに集中できるはず
    このながら精神って何だろう
    落ち着きがないってことかな
    貧乏性?
    一つ一つのけじめができない
    これって  子どものすること
    つまり私は子供だってこと
    納得します

    ラジオ深夜便の話題が嬉しいしなつかしい
    先に歯磨き済ませて来ようか
    やっと口をゆすいできました
    さて 深夜便
    この番組を私は初期のころから聴いている
    初めは夏だか正月だか
    帰省する人のための道路情報とかやってたと思う
    それが発展して深夜便として一つの番組になった
    私は勝手にそう思い込んでいるんだけど
    間違ってたらごめんなさいね
    古くから聴いていたってこと言いたかったのです
    その後ずっと聴いていたわけではなく
    続けて聴くようになったのは仕事がきっかけ
    新聞配達の仕事をするようになって
    最初の頃は車で配達していたからからカーラジオで
    バイクで配達するようになってからは
    小っちゃいラジオをポッケに入れてイヤホンで
    だからたいがい毎日聴いていた
    やはり好きなのは4時台 いろんな人の話が聴ける
    色々思いではあるけど それ書くには気力がない
    今日は少し疲れ気味 でも頑張って
    予定の日記は書かなくちゃね
    結果はどうなろうと 1万字書けようが書けまいが
    ここで読みたくなった本があって注文したり
    以前はまだ本を読む元気があったんだと思う
    今はもう読書を放棄してるからね
    読んだところでSの瞬間の感動
    あとになると何が書いてあったかも
    読んだことすら忘れていることがある
    そう思ったら読書が無意味に思えてきたので
    深夜便の詳細を記録されている方がいる
    あとで聴き逃したことや確認したいことなど
    文章で読みたくなって 何度も検索したことがある
    その度にありがたく思ったし その記録に感心した
    深夜便の放送を聴いて
    これは自分のライフワークにしたい
    そう思ったこともある
    そのことも書きたいが 今は書く気力がないので
    そういうことがあったという話だけ書かせてもらう
    それらの思いで一つ一つを書くとなると
    かなり時間がかかるだろうし
    果たして思い出せるかも疑問
    それに書くからには正確を期したいと
    先ほど書いて深夜便を記録しているサイトで
    また検索しなければと手間がかかる
    正直 思い出を書きたい気持ちもあるにはあるが
    書くつもりはこれまでなかったので
    私自身の記録は全くないし 記憶だけが頼りになる
    これはやめておいた方がいいだろう
    いくら書くのが好きだと言っても
    ここに書くこと自体も 果たしてコメント欄に
    こんなことを書いていいのだろうかという思いもある 日記なら自分のところに書けばと
    それはそうなのだが 更新されていない日記やブログにいそうろうして自分のことを書きたいという これは悪趣味なんだろうね そんな欲求がある
    このような欲求をどう説明すればいいのだろうか
    これも単なる自己承認欲求の一つなのだろうか
    考えてみるのも面白き気がしてきた
    しかし 今は面倒だ

    記事に書かれた深夜便の話題は箸使いのこととマナー マナーについては私も耳が痛い してはいけないことばかりしている自覚がある
    箸で容器を引き寄せたりしているから
    箸使い 箸の持ち方に関しては自信がある
    どんな小さなものでもつかめると
    こんなこと自慢にもならないかもしれないね
    当たり前のことじゃん・・・と
    箸使いに関しては 親の責任が大きいだろう
    いわゆる躾の問題だからだ
    子どもの時にきちんと教えることが必要
    箸使いが悪いひどいのは 親の責任
    その親の親の責任 そう思えば躾は
    子どもの頃にきちんとしておかなければと
    そういう意味でも私は親に感謝している
    もう両親とも他界しているが
    親不孝ばかりかけ 自分は人の親になれず
    ということは ここでも子どものままということに
    何だか先に書いたことと話がつながったような
    どうでもいいことに喜んでいるのも
    まだ子どもということでしょうね
    それではまた あした