-
EMC
高調波関連規格動向
欧州EN61000-3-2規格の明確化が行われており、CENELECで各国の意見を収集し、2001年1月1日の実施予定となっています。これにより原稿のEN60555-2は、2001年1月1日で無効となり、使用できなくなります。よってEN60555-2規格で製作された機器は2001年1月1日以降、EN61000-3-2でテストしなければなりません。
IEC61000-3-2の明確化関連文書においては、IEC文書として77A/WG1で検討が進められています。一方CENELECではCLC/TC210(S)175が発行されており、多くの変更点が見られます。
変更された内容は、改訂Aおよび改訂Bの2つからなっており、改訂Bの項目において「機器のクラス分け」が変わっている点は要チェッ…
-
日本語は得意ですか?
日本語(作文)は得意ですか?
あらためてそう問われると自信がないという人が昨今は多いのではないかと思う。
ちまたでは「日本語練習帳」という新書がベストセラーになっているが、これはまさにその裏付けのように思える。
かくゆうわたしも、実は「自信のない」一人である。企画・デザインという仕事は文章を書く機会が比較的多い方の職種である。しかし本音を言うとコピー(文案)はあまり得意ではない。そして近頃、その苦しみに拍車を掛けているのがメールなどのデジタルツール。
むかしはそれこそ企画書を書くときぐらいしかキーボードを叩くことはなかったのだが、今は連絡や報告、フォーラムなどで、四六時中文字を打ち込んでいる。
口で話せればかんたんなことが、いざ文字で伝えようとすると難しい、と感じることが少なくはない。先日も…
-
早起き
朝5時、少し早い朝の空気は、とても爽やかです。
シャワーの前に新聞に目を通して、パソコンを立ち上げメールを読みながら書斎の窓を開けると、ついこの間まではパッと桜のピンクが広がってきたのに今では深さを増した緑が風にそよいで、季節のうつろいを強く感じます。
人は自然と生活感をともにしているのだと、しみじみ思います。
日本を含むアジアの経済状況が日毎に悪化し、あまり明るくない話題が新聞やテレビで報道されることが多い日々です。
でも、そんな景気の中、しっかり状況を見据えて、きちんと対策をした企業が素晴らしい成果を上げているのも事実です。
一般の状況をエクスキューズにして「みんなで転げれば怖くない」なんて、情けない仲間入りはしたくないという気持ちを引き締めています。
とても明るい話題もたくさんあります…
-
余程眠かったみたい
昨日は1日眠かったです。
起きた瞬間からもう寝たくて。
家から出ることもなくシャワーを浴びてお昼食べて。
お昼寝をしました。
30分で起きるつもりが起きたら1時間経ってて。
それだけ寝てもまだ眠くて。
なんとか夕飯食べてメイクして仕事に行きました。
仕事中は眠くなかったです。
仕事終わって帰宅してやることやって。
本当ならここで見逃し配信見るんですけど昨日は眠かったのでやめました。
ゴミだけまとめて寝ました。
即寝でした。
余程眠かったみたいです。
今朝はなんとか起きました。
眠いですけど昨日よりは大丈夫です。 -
知り合った方の別荘を再び訪問します
今日は、朝早く車で出発して、中央高速道路を走り、山梨県北杜市の山奥の小屋へ遊びに行きます。午前中は小屋で薪ストーブを燃やして今月号の文芸春秋を読みます。午後にブログで知り合った甲斐駒さんの別荘を再び訪問します。日帰りなので夕方自宅へ帰ります。
-
公開日記とブログの相違を考える
今日は日記とブログの違いを考えてみました。
日記とは狭い意味では(狭義の定義)では非公開を原則とし、私的な出来事や、それに関する感想を日毎に書いたものです。従って他人の日記を見ることは禁じられています。しかし、その一方。公開を目的に日記を書く場合もあります。所謂、公開日記ですね。一般にSNSで日記という場合は、会員限定ではありますが、この公開日記を意味します。これを広義の定義とします。したがってその内容は公開しても差し支えない事柄に限定されます。事柄は書き手の日毎の出来事の記録が主になります。一方、ブログははじめから公開が原則ですから、読者が感動する内容や、読んで役に立つ内容を書くのが望ましいわけです。従ってブログの内容は文学的作品やドキュメンタリー作品である場合もありますし、あるいは新商…
-
日本が世界に誇れる大旅行家
今朝は、日本が世界に誇れる大旅行家として一人の男の話をご紹介いたします。
明治維新前の日本人の大旅行と言えば遣隋使、遣唐使、東南アジアで活躍した山田長政、そして天正の少年使節のローマへの旅くらいである。学校で習う歴史の教科書に出てくるので誰でも知っている。
ところが江戸時代初期にマカオ、ゴア、そして単身、紅海を北上し、中近東の砂漠を通ってイエルサレムへ参り、更に長馳、ローマまで往復した男がいた。帰国後は日本国内を司祭として回り、最後は岩手県の水沢で捕縛され、三代将軍、家光の膝元の江戸で殉教している。その男の名はペトロ岐部。ついこの前の11月24日に長崎の列福式でローマ法王によって福者として認めらた。
筆者はカトリックなので遠藤周作の著作や、隠れキリシタン関連の本や神学関係の本を少し読んできま… - さらに読み込む
