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無名居士-Nameless layman

日々の言葉落穂ひろい~「尾生の信(びせいのしん)」

2011年8月19日 (金曜日)

(その2)あなたにとって「尾生の信(びせいのしん)」とは?

「尾生の信(びせいのしん)」という言葉 初見なのでピックアップしました

司馬遷が書いた「史記」の中の言葉とか

漢文というのを意識したのは高校に入って

授業に漢文があったからですが

まったく苦手な教科 分野

でも漢文の先生はけっこうユニークでした

しかし 残念ながら漢文に興味は湧きませんでした

70歳を超えて まさか史記を紐解くことになろうとは

思いもよりませんでしたが 自然の流れで興味を持ち始めたところです

それはこのブログと出会ったからなのですが

ブログ主の自己紹介的なブログのサブタイトルが面白いのです

と書かれていました ほととんぼというお名前の由来はまだ分かりませんが

私がすぐに連想したのは「からすとんぼ」

その名前を知る人は多いかもしれませんが

その名前をタイトルにした小冊子を毎月発行されている方がいます

縁あってその方のブログに毎日訪問して コメントするのが今の私の仕事みたいなもの

古座川を愛し 熊野を愛し里巡りをつづけ その記録をブログや「からすとんぼ」という小冊子に

その人にとってからすとんぼは古座川の象徴

しかしそのお方は8年前に亡くなられました

その上貴重な記録となるブログも Yahooのサービス停止になるため このままでは消え去る運命

それで勝手ながら私がブログを引っ越しして 3千弱の記事にコメントする目標を立てのでした

ほととんぼとからすとんぼ トンボというつながりもさることながら

そもそもほととんぼさんのブログを行ったのは 秋に紹介したブログのコメントにあった「ゆかし潟」という名

その検索のトップ記事が このほととんぼさんのブログだったのです

そのご縁と同時にもう一つ 何と京都在住というのは私との共通点

私はよそ者ですが さてほととんぼさんは・・・という興味もあります

ほととんぼさんのブログのバックナンバー その開設当初の記事から読み始めました

すると早速難しい四文字熟語 それについてはすでに書いていますんで省略

このお方のブログを読み進めることは 私の漢文嫌いを少しはいい方向に導いてくださる手掛かりになるやもしれぬ

そういう計算を立てたのです 言葉遊びがお好きとか

さすれば読み進めるのも面白おかしく さらに漢文や和歌俳句などの勉強にもなるかと

一石二鳥三鳥の思惑も芽生えた次第

とそこで今日のお題というか ピックアップした言葉が「尾生の信(びせいのしん)」

詳細はリンクしているので ほととんぼさんの記事を参考にしていただきたい

私はこの話を知って 自分のことも思い浮かべました まだ30代の頃でした

当時 ジャパユキさんと言う言葉がつかわれていたように

東南アジア 主にフィリピンからだと認識していますが

京都でも祇園の店に行けば 必ずフィリピンの子たちが働いていました

私はよく遊んでいたというのではなく むしろお酒は飲めませんので

そんなところは全く縁がない人間でした

ところがそんな私がある事情でたまたま行ったスナックでフィリピンの子に出会い

その子にハマってしまったのです

結婚願望はなかったのですが その頃ちょうど布施明が女優と結婚しました

彼の歌が好きだったし 彼と同世代ということもあり

彼に自分の人生を重ねていたところがありました

彼が外人の女性と結婚したなら私も・・・

そんな気持ちになったのでした

フィリピンの子を知った時でもあったし

そんなことが重なって 彼女のところに通うことになりました

まあ事細かに彼女のことを書けば いつまでたっても終わりそうにありません

尾生の話に関したことだけを書けば

私が好きになったのだから 彼女の思いは別のところにあるとしても

彼女が求めるもの・・・金銭的なことはできるだけしてあげようということになります

かといって彼女と肉体的関係があったかというと 手も握っていません

尾生は彼女との約束を守って待ち続け 大雨で増水した川におぼれて死んでしまった

私は彼女と何の約束もしていないし 彼女の目的も分かっていたし かすかな希望は持ってはいたが

到底かなうはずもないと分かっていた それでも手紙が来てなにがしかの金銭的要求があれば送っていた

当時 私はほとんど遊んでいなかったので 若干の貯えはあった

かなり使ったと思うが 結果彼女の方が私に利用価値がないとみたのか

逆に哀れに思ったのか いつしか連絡が来なくなった

それでも私は恨みもなにも起こらなかった 私が好きになりしたいことをしていただけだと

哀れと言えば哀れだろうし 純情と言えば純情なのか バカと言えば馬鹿なのだろう

尾生のように死ぬまで待つことはしない 私なら橋の上でそれでも待つだろうが

似たり寄ったり感は否めない

世の中にはこんな男もいるという見本にしてもらえればいい

大金を貢ぐほどのことはしていないが 似たような話はニュースで観たり聞いたりする

他人事とは思えないし笑えない

まあこんな感想で終わるとしよう

さて次はどんな言葉に出会うか

何事も愉しむ

すべてを愉しむ

いいも悪いもという精神で

これからもいこう

老い先短くなったが

馬鹿と呼ばれて死ぬが本望

ではまた

 

 

2019年9月21日 土曜日 | 無名居士-Nameless layman

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