なぜ気になるのだろう goo blog「日々の細道」へのコメント記録~25

日々の細道

手持ちの回数券が一枚また一枚、残り少なくなっていく老いの日々、どう生きていくか?

大谷本廟・総門前

2007年03月23日
本願寺や大谷本廟に参拝していたのは、自身の信心からというよりも、そうすることが、母の願いに叶い、喜んでもらえるからという動機から、参拝していた。
先日 私も長年のツレ 同居人を見送った
アイス類しか口にしなくなって それも咳き込みが午前中続いて昏睡状態になり
まったく口にできなくなった その日の夕方 息を引き取った
翌月曜日 ずっと部屋に一緒にいた きれいな寝顔だった
火曜日 おひる過ぎに納棺 午後1時過ぎ出棺
訪問看護センターから3人 そして古い友人の恵美子さんが見送ってくれた
2時前斎場に着くと すぐに焼却炉に
待合室で小一時間恵美子さんから姉さんとの関係を聞いていた
それからお骨だけになった姉さんに対面
小さな骨壺に骨を入れ最後に仏様・・・ノド仏を乗せる
ほんとに小さな骨壺 大きな姉さんがちっちゃくなった
手紙類が入った箱を調べていたら 私宛の封筒があった
何か書いているのは知っていたが 読んだことはなかった
自分が死んだときしてもらい事が書いてあった
そのことは生前よく二人で話していたので
書かれていることは前もっと知っていたし
今回 火葬までの段取りは 姉さんの思いを考えることなく
私がしたいように葬儀社の方に希望を伝え
その通りに進めてもらった
姉さんが亡くなったとき 神戸の親戚の人に知らせなかった
火葬が終わって家に戻って 少し落ち着いてから電話した
姉さんの私宛のメモにも そうするようにと書いてあった
姉さんは 実家のお墓に入りたかった
今 実家は 亡くなった弟の奥さんが一人でいる
その人に なにがしかのお金を渡して「頼んでいたという
数年前 まだ姉さんがしっかりしているときに
お墓参りに連れて行ってやりたかった
車椅子ではかなり負担になるかもしれないが
介護タクシーで帰った
墓参りを済ませ その時はまだすぐ上のお姉さんは健在だった
一緒にお墓参りした
その帰りに実家によると 事情があってお墓には入れない
よその墓を探してと  姉さんが渡していたお金を返してくれた
そのことは私は知らなかった 私自身は墓にこだわらない考え
姉さんは どこかのお寺で永代供養してもらおうかとも考えた
しかし 先のことはわからないが
小さな骨壺は 私のそばに置いておくつもりだ
もし 親戚の人がこうしたいとの希望があれば
その希望通りにしてほしい
私の考えは父の影響
母は妹がお寺に嫁いだょうに
親の影響で信心の篤い人だった
人は死んだら土になる風になる
魂などは信じない 人の心記憶の中で生きる
お墓も仏壇もいらない
物覚えの悪い私のこと
両親の命日も知らない
ねえさんの命日も今は覚えているが
そのうち忘れるかもしれない
でも姉さんとの日々を忘れることはない
ブログ主がお墓参りにこだわるのは
それが母の願いであり 喜ぶだろうという思いから
私もなにより 姉さんの気持ちに沿いたい
これまでは姉さんのこうしてほしいという希望が
私の望むやり方と同じだった
お墓については これから考えてみよう

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