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朝起きて、今日はやっとこさお休みと思いきや、両親(孝之と光枝)に呼び出されてたので、上大岡に行きました。 夢大岡は今年で7周年。 そういえば、この夢大岡ができたとき、僕は千葉から帰ってくる途中でした。 制服を持って、週末からずっととあるところに入り浸っていたので多分千葉にいました。結構、鮮明に覚えていたりします。 日曜日の夜中にブーンって車で千葉に向かいまして、そんで、実家というのに上がりこんで、サーフボードの大きさに驚いたりして漫画を読んでコソコソと風呂に入った覚えがあります。電球も切れかけててくらい部屋に閉じ込められた感いっぱいでした。 あれからもう7年も経つのです。オレンジ(これ、あだ名)も今では立派な麻布十番の王子になってるみたいですが、まったく知りません。 そんで、お昼すぎに起きて京浜急行に乗って寝て、三崎口まで無駄に行って、横須賀学院へは行かずに、帰宅して夢大岡で夢見てました。 そんなオレンジの思い出を思い出しながら、孝&光の待つ上大岡に行きました。 孝&光はかれこれ岡山から上京してきて2週間くらいこっちにいます。 しかも、今回は無期でいるらしいんですが、何を考えてるのかわかりません。 元気そうでなによりですが、私は疲れと思い出でげんなりしてました。そんで、ふにふに買い物を悪どい家族でしまして、僕のキャッスル、クイーンダムルピナス404にきました。 すんごい久々きたので、家具とか豪華になって驚いていましたが、部屋のニコチンとか日焼けにも驚いていました。 そんで、新しいマッキンとかベッドとかクルクルまわる電気とか見て、どうでもいい話をしました。 光はDVDがほしいといってました。孝の方は、部屋のものをいろいろ物色するのでやめてくださいと言いました。そんで、せっせと孝&光は帰りまして、来月に向けてのバックアップとファイル整理と思ったのですが、いきなり僕の親友が死んでしまったことを告げられました。唖然となりました。死亡は金曜日だったのですが、どたばたしてたせいで今日はじめて気づきました。 まえまえから「死ぬ」とか「もう死んでいいや」とか漏らしてたのですが、まさか本当に死ぬとは思いませんでした。 もっと早く知っていればもっとうまく動けたのにと思ったのですが、こうなってしまったら、どうもこうもしようがないので、ただボーっとしてモーっと叫んでみたり床にはいつくばってみたりして、取り残された僕はどうすればいいのか、本当にわからなくなりました。中島みゆきのわかれうたにもあるように、「取り残されて戸惑うものたちは、追いかけて、焦がれて、泣き狂う」。まさに。そんで、どうにもこうにも泣き疲れてしまったので、ヒーヒーいいながらマッキンをつけてダルダルしながらどうでもいいインターネットをしました。 途中、携帯電話に「エロを逃がした」となにわのシンロックからメールがあって、一部始終を告げて、僕も死ぬよって言ったら僕の掲示板に励ましの言葉を書いてくれました。 いや、励ますというか、なんというか、僕の好きなキラキラした書き込みでした。 なんとかそれで元気をとりもどして、がんばりましたが、行く先がとても不安なので、眠れないまま朝を迎えました。

