• 26歳になったのに別にこれといって、何も変わらない毎日.
    もちろん二十歳前そこらから比べると、そうとう安定した毎日を過ごせているのだけど、どうもこれがつまらない.
    毎日毎週毎時間
    同じ時間に電車に乗って
    同じ景色を眺めて
    同じ駅で毎日降りて
    同じ道を歩いて
    同じ会社で仕事する.
    朝から夏の白いタオルケットをベランダに干したままだったので取り込もうとしたら猛烈なほこりまみれになり、朝から喘息で顔と鼻の穴を水でなんども洗って疲れる.
    そういえば、昔から鼻炎の病気を僕は持っているらしく、光枝(母)から鼻の穴にアロエをすりつぶしてガーゼで越した緑の苦い汁を飲まされていたんだ.これは、ある意味、拷問だったな.
    今日も新しい週のはじまりだが、ipodからはプレイリストを間違えて、いきなり奥村チヨ「くやしいけれど幸せよ」が流れてゲンナリしながらスタート.
    墓場の横を同じように歩いて、プレイリストを間違えたまま駅に到着.
    朝のコーヒーを薬と一緒に早めに飲んだせいで今日は少し早く駅に到着.いつもと少し違うホームのメンツにちょっとだけ鼓舞.
    それでも、同じ色の電車に乗って、圧縮されながら都心に電車で向かうんだ.毎日毎日毎週月曜日.
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    いつも乗ってる電車は左側の扉が東京に着くまで開かない.東京駅までは扉は壁になってるので、禿げたおやじが4人扉壁に傾いているんだ.
    僕は、傾くチャンスを逃して、座席の一番恥じっこの手すりを持って座ってるおやじを眺めていたんだ.
    そして、そのおやじの上、荷物棚にはまだ新品の大きなかばん.
    鞄には、まだ新しので、チャックの持つ部分にビニールのカバーが付いていた.
    かばんにとっては今日は初の出勤だ.持ち主はこの大きいかばんに新しい生活、新しい通勤を夢見て月曜日に新しいかばんを持って、出勤だ.つかの間だけど、出勤時間が楽しくなる瞬間だろうな.
    そんな事を考えてると、ちょっとおかしい事に気がつく.
    持ち主は誰だろう.
    目の前に座ってる禿げたおやじは同じ大きさくらいの古いかばんを抱きしめて眠っている.
    このおやじの物なのか?かばんをふたつも持って出勤なのか?
    と、小さな疑問を抱きつつ電車は右の扉を開けて「蒲田」に到着した.
    目の前の禿げたおやじはいきなり目を覚ますと人ごみを猛烈にかき分けて、蒲田で降りた.
    ここで、禿げたおやじの座ってた席に僕が座る事になる.
    座った.
    頭の上には、いまだ持ち主が分からない新品のかばんが放置されていた.
    持ち主はいるのだろうか?
    新品で、手になれずに置いてかれていったのだろうか.
    置き引き経験者の僕は目の前にたつ人たちをじっくり観察して持ち主をさがした.
    だいたい、新品のかばんで新しい通勤生活をワクワクしてはじめる人が初日からかばんを忘れるはずが無い.
    しかし、本当に忘れ物なら、この大きなかばんは置き引きするチャンス.
    と、半分以上犯罪者の気持ちになってワクワクしはじめた.
    想像は朝の薬のおかげで数百倍にふくれあがり、大きなかばんには財布と札束、果ては通帳とはんこまで入ってる事になってしまった.こうなったら置き引きするしか無い.
    目の前の乗客をひとりひとり観察して持ち主を捜した.
    一番左には、朝の通勤ラッシュにそぐわない若者がいまにも嘔吐しそうな顔でつり革をつかんでいる.どう考えても、この人のかばんではなさそうだ.僕の頭の上にあるのはビジネスバッグだ.
    その隣のおじさんは、ボストンバッグを持っている.
    吐きそうな若者にボストンバッグを幾度となくぶつけて、その度に若者は苦痛の表情になる.見てるだけで気持ち悪い.
    おじさんは、これ以上かばんを持ったら倒れそうな老体なので、このおじさんでもないだろう.
    その横、自分の目の前には、OL風の女性.相当の巨乳だ.
    巨乳はこの際関係ない.ビジネスバッグは男性物だ.
    頭の上にバーキンがあるのだったら話は別だ.
    その隣には、すでに疲れた顔で、疲れたスーツを着たしょぼい若いサラリーマン.
    僕の一番嫌いなタイプだ.
    いかにも大学を卒業して、そこそこの会社に入って、朝から晩まで疲れてますよ僕!って感じで、シャツもよれよれ、ネクタイもゆるゆる、あたまもボサボサ.あげくの果てには白目を剥いて立って寝れる.すでに腐ってる.
    しかし、この男、かばんを持っていない.
    でも、ここまでしょぼい、毎日がつまらなくルーチンしているしょぼくれたサラリーマンが新しいかばんで週をはじめようという気力さえ感じられない.言ってみれば、大学から使ってるおんぼろのかばんを使っていそうなタイプが僕のうえのジッパーにもビニールが付いている真新しいかばんを使うわけが無い.
    その隣、、
    しかし、ここまで隣になると射程範囲ではないのではないか?
    ゆうに、僕から3人分以上はなれている人のかばんがこんな場所にあるはずが無い.
    色白のさわやかなサラリーマン.となりの古ぼけた男とは正反対.ビューラーでもしてるのか?という位長いまつげで朝からぱっちりした目で窓の外を見ている.手元にはかばんを持っている.遠すぎるし、すでにかばんを持っている.
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    そして、容疑者5名を睨んだまま電車は「品川」に到着.
    「田町」に到着したあたりで、点検のため5分少々電車が停車する.
    メンツは変わらず、みなそれぞれ満員電車を楽しんでいる.ついに、僕のひだりの若者は座り込んでしまった.
    かばんに気を取られていたら朝からゲロまみれだ.これは、さらに非日常だ.嫌だ.
    浜松町で、3人脱落.
    色白のイケメンリーマンとその隣のしょぼいリーマン.
    しょぼいリーマンはまたの間にかばんを挟んでいた.予想通り、かばんもよれよれで学生時代から使ってる感がいっぱい.そのまま疲れたリーマンになって禿げてまた会いましょう.
    そして、このかばんの持ち主は?
    浜松町あたりから、僕の計画は具体化されてきた.
    この電車は大宮行きだ.
    大宮まで行ったらかばんの持ち主が乗っていないのを確認できるし、ましてかばんの下には僕が座ってるので誰も怪しむ人はいないのだ.
    完璧だ
    しかし、会社には遅れるが、この非日常を逃すものか、かばんの中には大金が入っているのだ、どうにかなる.
    しかし、そのかばんを駅員に届けるかどうかが問題だ.
    持ち主がどこで忘れて降りてしまったかによるが、すでに駅員に通報して終点「大宮」ではかばんを探す事だろう.けっこう駅員の目も侮れない.
    そうなると、終点までこのかばんの持ち主をいない事を確認して、終点より一個手前の駅で降りる.そして、かばんの中身を抜いて次の電車で大宮に行ってかばんを忘れて下車.
    到着電車に誤差はあるけど、見事に置き引きは成功だ.なんせ、一度田町あたりで点検で停車してるので乗客の時計は信用できないのではないか。
    さて、ここまで考えて有楽町が来た。僕が降りる駅だ。と思った瞬間、すごい早さで僕の頭の上のかばんを取り去って有楽町で男が降りた。
    計画ははかなく消えた。
    持ち主か、はたまた置き引きを先取りされたのか、それはわからないが、僕が睨んでいたメンバーは持ち主ではなかった。
    仕方が無いので有楽町でとぼとぼと降りていつもと同じ出口で駅を出た。
    ipodのプレイリストもいつもと同じものに変えて会社に向かった。