• https://twitter.com/LaymanNameless/status/1146836572257472514宮本百合子 bot 氏のツイートを紹介するのは今回で2回目になりますか私としてはそのツイートからの文章や言葉をもっと紹介する機会が増えればと思っています宮本百合子を意識したのは高校生の時だったかと思います授業かなにかで「十二年の手紙」を知った獄中にあった夫 宮本顕治との往復書簡集私がより宮本百合子を意識したのはその本ではなく高校卒業後に知った彼女の文庫本「幸福について」だった女性の自立の大切さを説いていたその本が印象に残り いつか全集を手にいれたいと思ったそれは京都に来た20代後半に ちょうど全集が出版される時期に遭遇し 予約購入することにしたその頃は私にしては珍しく仕事が長続きしていたこともあり収入が安定していたので全集購入もできたのだと思うしかしその後いろいろあって・・・簡単に端折りますが 前週は手放すことになりますそのわけも端折ることにします 端折ってばかりですが私の事情などどうでもいいことでしょうから結局全集を手に入れたものの ほとんど目を通すことはありませんでした 手に入れることが目的になっていたのですねほんとに必要なのは読んでそこから学ぶことなんですが・・・もうお分かりと思いますが私という人間は およそ地道な作業には向かない性格なのです飽き性で根気がなく 学問には向かない人間でした大学に進学しなかったのはそういう意味で正解でしたそんな私が今になって 百合子の文章から「人間鍛錬」という言葉が気になって書きだしたのには自分にとってある意味縁遠い言葉だっただけに「耳が痛い」言葉として意識することになったのですそしてその意味「人間鍛錬」ということを 少しは考え書いてみようと思ったのでした20代になったばかりで人生に挫折し家出してすべてを放り出した無責任人間が それでも何かよりどころとなるものを見つけたいその一つが過去に読んで心に残っていた百合子の作品群それを書くことで百合子自身が成長していったようにそれらの作品を読むことで私自身も成長できればと その時は真剣に思っていたようですでも飽き性な性格ではやはり「楽な道」がお似合いで 「人間鍛錬」などはその必要性を理解していても実践することは叶わないそうやって一応は自己葛藤を経験しながらも時の流れに身をゆだね楽な道楽な道に流されていました振り返れば過去は早く過ぎ去っていたと感じるものですが 当時は時間というものの長さを感じていたのではないでしょうかそれは若さ故の特徴かもしれない古稀を過ぎた今思うのは それこそ「人間鍛錬」の必要性これは逆に年を経たものの特徴なのかも昨年あるニュース記事に接してTwitterやnoteで自分の考えをまとめていった経験がある 私としては初めてといっていいかもしれないその問題意識を感じたのは「違和感」なるもの自分の考えとは異なる考えに感じる違和感そのどちらに真実があるか どちらが正しいか自分の考えがすべて正しいとは思わないが少なくとも問題をより正確に分析し考えようという態度と立場には立っていると確信しているそしてもし自分が誤っているなら素直にその誤りを認めることもそしてあり事件を私なりに考えていった結論は その人間性に問題ありと思うようになった例えばTwitter上の文言にもその人の人間性が現れる問題をどうとらえどう対処するかにもその人の人間性が左右するそう考えるに至って では果たして自分の人間性はどうだと突きつけられる 人を批判することは その返す刀で自分をも切ることになるその批判に耐えうる自分であるか自分の人間性は自分の真実性はすべてが自分に返ってくる問題だからこその「人間鍛錬」という言葉に引っかかった 意識した平凡で何の取柄もない私ですら自分を振り返る振り返りすねに傷持つ身であることもつらいほど反省する社会的に認められ公職それも教育に身を置く人ならなおさら自分に厳しくあらねばなっらないと私は思う彼らは果たしてどうであろうか政治家はどうであろう著述家はジャーナリストは私のようなものよりも「人間鍛錬」を必要とする人たちではないかそれを感じられるかどうかその人に人間性を信じられるか否かの分かれ道になるつまり違和感を感じる存在であるかどうかその人の人間性と真実性を見出すキーワードとしての「人間鍛錬」今一度 百合子の文章を読んでみる今の私には示唆に富む文章だったそれは昨年 ある事件を追い文章にしてきた経験によって得られたものだと思う

    鍛えられるということを招く先ず第一の生活態度のまともさが大切ね。まともに生きない人には、天は決して人間鍛錬というような貴重な門を開きません。

    この文章に耳を傾けることができる人を私は信じる怠惰な私もそうありたいと思う