• 映画・映像コンテンツが溢れかえってしまって、逆に「見るものがない」という最近では家で見る映画はとうとう日本語吹き替えがデフォルトで最悪でも言語が英語で日本語字幕となってしまいました(英語ならなんとなく字幕を見逃してもついていけるので)。ながら見される映画って、なんか悲しいですね。なのですが、見る気もなくAmazon Primeでクリックしてしまった映画「CUB カブ 戦慄のサマーキャンプ」は日本語吹き替えでもなく英語圏でもなく「何語?」で数十分費やしました。冒頭はなんの映画とかよりも「何語?」ばかり考えていたのですが、結局わからず(調べもしない)。子どもたちのキャンプの映画なんですがね、はじめの点呼のときに「10,9,8・・・0!」と数を数えるシーンが合ったのですが、全然わかる言語じゃな…[ 続きを読む ]

  • 必要な時に1冊づつ集めてきたけど、改めて見ると中身がTHE男子。。。私は全然見たくないものばかり。

    図鑑はいくつ種類があってもいいし、
    何なら同じテーマでも出版社が違えば
    焦点の合わせ方が違うので見ていて楽しい。

    ざっと計算しても16000円相当で嬉しいのは親の方かもしれません。

    長く長く大切に使ってほしいです。

    少し前にいくつかのプレゼント候補の中から夫婦で選びました。

    他に地球儀や望遠鏡など色々ありました。

    大喜びで早速図鑑を眺めたり、
    お手紙を何度も読んでいました。

    我が家にある図鑑のラインナップはこれ。

  • 人生が充実している時、私は全く本を読む気にならず絵を描く気にもならない。本を読むという行為は私にとって現実からの逃避であり、そういう時に読んだ本はひどく胸に突き刺ささりその時の現実の感情と一緒になって記憶の引き出しに保存される。逃避したいときにばかり本をよんでいるのだから、読み返す時はいつも記憶も一緒になって追体験されてなんだか苦い気持ちになることも少なくない。本とセットになっている記憶は大なり小なりあるが、強烈に印象に残っている本、或いは記憶の一冊とでもいうのだろうか、そんなものがある。その本を読んだ時期、私はちょうど家庭がてんやわんやで精神的に参っていた。まだ20年も生きていないが短い人生の中でもトップクラスに非現実的でフィクションのような事件が起こった。事が起こったすぐの頃は笑い話とし…[ 続きを読む ]

  • カウンセラーの先生と話して、久しぶりに泣いた兄と久しぶりに電話して心が軽くなった。肯定してくれるだけで不安は軽くなる。でも自分で乗り越えなければいけない

  • いつも面倒に思う就寝準備、毎日きちんとはできなくて、途中で寝てしまうことも多かったのだけれど、今日は簡易版を作ってそれを済ませることができました。えらい。これが『できることから少しずつ』ということなんだな。

  • 恋愛の類は正気ではできない、とインターネットの海の誰かが言っていた。もしかすると昔の人だったかもしれない。恋愛は正気じゃない、きっと狂気だ。周りが見えない、我に帰った時あまりの自分の思考回路の可笑しさに思わず笑ってしまいたくなってそのあと死にたくなる。死にたくなるくらいなら恋愛なんてしなきゃいいのに。だからこの感情を恋愛と認めたくなくて、もうずっと他の何か別の感情に置き換えようと躍起になっている。いままで何度も恋愛かもと思って肯定した瞬間に自分に裏切られた。そんな自分を自分で馬鹿にして軽蔑したくなる癖に、自分を信じることをやめられない。愛しい自分。私なんかに愛されて可哀想に。憐れ。あなたのことが好きだと思うわ。あなたと食べるご飯は美味しいし、あなたと眠るベットはあたたかい。けれどあなたが隣で…[ 続きを読む ]

  • 死んだ母親に会いたい 土壇場になるととんでもなく寂しくなる普段意識しない死が怖くなる

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