2019/ 05/ 02

2019年5月2日 いち村

 母が亡くなってから一週間が経ちました。あれよあれよといううちに、通夜と葬儀が済んでしまいました。その頰や額の冷たさが忘れられないうちに、母は焼かれ、骨になってしまいました。父は、それはそれは気落ちして、寂しがっています。私も悲しくて、寂しいはずなのですが、まだ一筋の涙も流していません。

 沢山の親戚やご近所さんと会いました。叔母や従姉妹とは、十数年ぶりに会って話をしました。数年ぶりに弟とも話をしました。母の死が縁を強めてくれたみたいです。ラインまで交換して、想像もしていないことでした。

 長い連休中、茫漠とした喪失感の横で、どうやって仕事に戻ろうとか、どうお礼や挨拶をしようとか、一人暮らしになる父をどう支えていこうとか、きりきりとした不安や悩みに取り憑かれて、ため息ばかりです。こういう時、話し相手になってくれたのは母でしたが、もうそれも叶いません。

 母の若い頃の写真を見ました。私と同い年くらいでしょうか。随分若くて、それだけでいろいろな気持ちが込み上げてきました。私が知らない、青春の余韻が感じられる、母の写真です。従姉妹からも、母のご学友のみなさんからも言われましたが、私の顔は母に似ているなと思いました。性格や体質も似ている気がします。そばかすも母譲りです。

 母は、コーヒーをよく飲んでいました。紅茶も好きなようでした。中学生くらいのとき、喫茶店に連れて行かれたことが何回かあったと思います。父がそういう所を苦手としているので、私が付き合わされたのです。こういう言い方をすると嫌々だったように聞こえるでしょうが、私も喫茶店は好きです。

 母の作るサンドイッチは、パンの耳がついていました。私はそれで育ったので、初めて耳のないサンドイッチを見たとき、本当はこういうものなのか、と思ったことを覚えています。なぜ母が耳を切り落とさなかったのかは分かりませんが、面倒くさかったのか、切ったとしても、どのみち耳を食べることになるのだから、切らずにつけたままだったのかなと想像します。お客様に出すわけではないので。タマゴや、ツナや、レタスとトマトのサンドイッチを作ってくれました。

 トマトと言えば、母はトマトが好きで、塩だったか砂糖だったかをかけて食べていました。私は真似しませんでしたが、トマトは好きです。

 なんだか、母と話したい事、まだまだあったように思います。たわいない話を、沢山したかったです。

 

 

 

 

 




この記事を書いた人 いち村 

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