日々

餌をあさってバタバタと飛び回るカラス

まるで、無法地帯でした。ハロウィーン数日前の日曜日の早朝6時前に渋谷を通りかかったところ、前夜からの残骸(人間も含む)が撒き散られていました。泥酔して大声で叫びながらたむろする若者たちと、餌をあさってバタバタと飛び回るカラスの群れが醜いコラージュのように目に映りました。

SNSでは足元のゴミの散乱に無関心な日本人の横で外国人のコンビニ店員がゴミを拾っている写真が拡散されました。「ゴミがひとつも落ちていないトーキョー」と絶賛していた外国人たちは、その写真を見て腰を抜かしたことでしょう。

狂騒のハロウィーン本番翌朝に渋谷の同じ場所を通過せねばならず、戦々恐々としながら足を速めました。朝7時にしては通常より人が多く、酔い潰れている若者たちもいました。ところが、なんとゴミが落ちていないのです。

周りを見渡すとゴミを詰めた大きなプラスチック袋が山のように積んである。そこにゴミ袋を担いで行く若者たちが見えました。NPOのメンバーのようでした。駅の方には単独でゴミを拾っている若者たちもいました。心が和みました。ネガティブな現象に対して、ポジティブな善意の力が立ち上がったのです。

先日久し振りにお会いした、建築家の黒川雅之さんのお話をふと思い出しました。実兄が著名建築家の故黒川紀章さんである雅之さんは私が尊敬する思想家でもあり、今回も刺激的な視点を与えてくださいました。「マイナス」が本質であって、「プラス」ではない。

  • 「不安」が本質だから、「希望」がある。
  • 「不満足」が本質だから、「満足」がある。
  • 「孤独」が本質だから、「人情」がある。
  • 「死」が本質だから、「生」がある。

このような「本質」があるから、人間は「価値」を創ることに尽力していると私は理解しました。人間は自分勝手な行動により「残骸」をつくる。これはハロウィーンの渋谷だけに限らず、CO2排出量による温暖化、廃プラスチックによる環境汚染、差別による弾圧という人権問題も同じです。このような「マイナス」の存在は世の中に絶えません。
でも、この「マイナス」に対して、人間は立ち向かって「プラス」をつくろうとする。この人間のクリエイティブな可能性の灯火をともし続けることが大切です。

日曜日早朝に渋谷を通過した数時間後、私は「グロソブの島」に上陸しました。10年ほど前、かつて金融業界のヒット商品であった毎月分配型グローバル・ソブリン投資信託を人口あたり最も多く購入していたと言われる瀬戸内海の小豆島です。毎月の高い分配金を捻出するために元本まで食いつぶすという資産形成の道理に適わない金融商品が、販売手数料目当てに島民に売りさばかれたのです。

「グロソブ」は投信業界の「残骸」と言っても過言ではありません。10年後には小豆島が「つみたての島」として名が広まっていることを期待して、投資信託のつみたて投資の想いを島民の方々にお伝えしました。

投資信託とは一般個人が将来のために資産を蓄えるための金融商品です。しかし2018年3月末時点の日本家計の金融資産(1829兆円)のうち、投信の割合はたった4%(73兆円)です。一方、米国では投信の割合は11.8%と3倍、金額ベースでは9.6兆ドルで日本の14倍です。米国の人口は日本の2.4倍ということ考慮しても、米国人は日本人と比べて一人当たり6倍弱の投資信託、金融資産の合計だと5倍を保有していることになります。

資産を蓄えるということは「ストック」を積み上げるということです。顧客が投資信託を「ストック」として積み上げるべきところを、売り手である金融機関は投資信託を販売手数料稼ぎの「フロー」ビジネスとして稼ぐ商品として注力していました。このミスマッチが、いままでの日本の投信業界の有様を的確に表しています。金融庁が求めている「顧客本位」を一言でいえば、顧客と売り手の間にミスマッチの是正だと思います。

転売回転を促進して販売手数料を稼ぐことではなく、長期的につみたて投資を推進して信託報酬を積み上げで稼ぐ事業モデルです。このモデルを確立すれば、「顧客本位」=「業界本位」というウイン―ウインの関係が必ず築けるはずです。そのために、経営層の方針と本部の意向と現場の日常が同床異夢になってはなりません。

金融庁が初めて示した投信業界の成績表である「共通KPI」では、2018年3月末の時点で投信の含み益の顧客比率は97.7%でした。1000人の内、977人がプラスの利益という結果です。


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