日々

編み物に習う。編み物で振り返る

毎年、この季節になると編み物をしています。
事のはじまりは、17年前。

カップラーメンを食べた後の割り箸で、糸くずを編んで作品を作っている友人を見てからという斬新なきっかけ。
はじめはカギ編みの「カギ」を買うのも嫌だったので、師匠を見習って割り箸を小刀で削って自分用の編みカギを作って編んでいました。プロゴルファー猿 みたいに。

見よう見まねで適当にもカギ編みをはじめて、バスマットの大きさのマフラーが完成しました。その後、携帯温めケースやリモコン温めケース、ライターケースなど様々なものを編んできました。どれも、1日で要らなくなるものばかり。
ですが、一昨年カギ編みで作ったマフラーは本当に暇だったのかすごい出来が良かったんですよね。カギ編みでバスマットを編んでから大物を編むのがめんどくさかったのと怖かったんですが、こんなに緻密に編んだのは近年はじめてでした。

なんで編み物をしているのか

Webの作業にちょっと似ているんですよね、コーディング。一文字、ひと文字入力してコードを作り上げていく。入力の早さも大切ですが間違いがないキータッチでひとつひとつ入力して巨大なサイトを作り上げていく感じ。

さらにいうと、効率良くというのも似ています。
いかに最小のカギの動きでひと編みできるかを最後まで追求しながら編むわけです。無心の境地に建てるわけです。

編み物に習うこと

ひと編みしながら効率よく指を動かして、いかに疲れずに継続できるかある程度極めて来たら、今年一年を猫と喋りながら振り返ります。今年はあぁだった、こうだったなんかを猫と喋りながら編み進めます。

イライラすることを思い出したら、
編み目が硬くなりますし
楽しいことを思い出したら、
編み目が緩くなってはかどります
ちょっと編み物をしたことある人はわかると思いますが、毛糸をギュッと引っ張れば引っ張るほど編みにくくなります。

網目の詰まったキレイ作品を作ろうと思ったり、どの毛糸を引き抜けばいいのかわからずに方に力を入れると、編み目はどんどん硬くなり、やわらかい毛糸を使っているはずなのに肩がガッチガチになって、編むのが嫌になってきます。
人との付き合いとも同じなんだと思うわけです。
こちらが構えて力を入れて接すると、
どんどん硬くなってどんどん接しづらくなる。
ひと目ひと目が硬く編んでしまうと、
折り返してきた時もずっと尾を引いて編みづらい。
柔らかいものを扱うときは、それ以上に柔らかく扱わないといけないとひと目、ひと目編むたびに感じるわけです。

この前、ユザワヤで編む道具を買いました。

カギ編みも棒編みもやって来ましたが、道具が変わるとダメですね。肩がガッチガチに固まって、効率良く編めるまで、かなり時間がかかってしまいました。最終的には指だけで編んでますがね・・。

こんな巨大なもの、
何を作ってんだと思いますよね。

猫チグラです。


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