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June / 6月
4
2019
火曜日
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無名居士-Nameless layman

検索を遊ぶ ①ぜんざい

「日々」の新しいテーマが見つかった~ブログ「里恋詩しくて・・・熊野・高野」のことから

いくつかのnoteを毎日アップしている

その一つにブログ「里恋詩しくて・・・熊野・高野」に私が書いた過去のコメントを

まとめてアップしているのだがその目的は一つに私のコメントを読み返したいという思いと

そのブログのことを知ってほしいという思いからでもある

残念ながらそのブログ主は8年ほど前に亡くなられた

ブログ主の名はさと・・・わたしはさとちゃんと呼んでいる

さとちゃんは和歌山は橋本の住人で地元の高校教師を退職した後

好きな民俗学の研究のために南紀・・・熊野・高野を中心に

原付バイクを駆って山里を回りそこに暮らす人々の様子を

丹念にブログに書き残していた

その記事の数はほぼ3千件

さとちゃんは民俗学の研究者でもあり詩人でもある

私は彼を怒涛詩人と呼ぶ

それは彼の詩には怒涛という言葉がよく使われているからであり

彼の生き方そのものが怒涛の人生であり

50㏄の原付バイクで山里を走り回る姿もその容貌から怒涛のようだと想像するから

さとちゃんは南紀熊野高野を愛する人たちを集めて月に1回の講座を主宰していた

熊野学舎という

私は偶然知り合いのブログのコメント欄でさとちゃんのコメントを読んだ

それが縁でさとちゃんのブログに遊びに行き

さとちゃんの文章や詩に触れ その人柄に魅かれていった

そして京都からは遠いが南海高野線の天見駅近くにある温泉での

熊野学舎の新年会を兼ねた講座に参加することにした

それがきっかけで数回講座に参加したがと遠いこともあって足が遠のいていたころ

さとちゃんの訃報を知ることになる

ちなみに私は彼と同じ年の生まれだが彼は1月で私は12月

彼が早生まれで学年は一つ上かもしれない

そういう事実も親近感を感じる要因になったのかもしれぬ

彼が無くなってブログの存続が気になっていた

できるだけコメントすることにした

今そのコメントをまとめる作業をしているが

気まぐれで飽き性の私としてはよく努力したと思う

昨年Yahooブログのサービス停止のニュースを知り

このままではさとちゃんの貴重な財産であるブログの記事にアクセスできなくなると

勝手ながら引っ越し作業を済ませた

だから安心してさとちゃんの記事を読みコメントできるようになった

そこで新たな目標を自分に課した

3千弱の全記事にコメントするという目標

そうすることでnoteでの私のコメントのまとめ作業が続けられるし

それが縁でさとちゃんが書いた記事や詩を知ってもらえるかもしれない

まだコメントしていない記事がほとんどだが

まいにちせっせとコメントを書いている

さてここまでは前書きでこれからが本題の『検索を遊ぶ』になる

「検索で遊ぶ」にしようか少し考えたが大して意味は違わばいだろうと

上記のタイトルにしただけでさほどの意味はない

そこで1回目・・・一応続けるつもりではある

というのは知らないことが多いので毎日のように検索しているからで

コメントするにも結構検索することが多い

夕食が終わってなにをしようとあれこれ考えていた

「日々」さんに書こうか夕食前まで書いていたさとちゃん地へのコメントの続きを書くかと

ツイートチェックをしながら何を書く正直迷っていた

「日々」さんは始めたばかりだがそこそこ私の性に合ってる気がして

今書いている別のテーマが何かないかなとか思案していた

やっぱりさとちゃんちに書こうとコメントん続きのぺージを開くと

ぜんざいという文字が目に入った

ぜんざい・・・夫婦善哉・・・なぜにぜんざい?

甘党だから大好きなぜんざいだがその名の由来は考えたこともなかった

夫婦善哉との関連はあるやなしや?

そもそもぜんざいの語源由来は?

などなど疑問がわいてきた・・・そこで検索

ああ・・・よく検索するからこれを日記のテーマにするのもいいかも

検索してそのままにしておくとそのときはわかったつもりでもすぐ忘れてしまうのが落ち

ならば記録しておくのはしないよりはましかもしれないという発想

ちょっとぜんざいのことを検索して面白かった 知らないことばかりだった

仏様まで登場するから面白い

「夫婦善哉」という小説があり映画化されてヒットした

その映画は観たが「夫婦善哉」という店が大阪法善寺の横にあり

ぜんざい一人前を2つの椀で出すことから夫婦善哉という」・・・wikiからだが

このことは知らなかった

「善哉」という意味も分かったし 「善哉」の由来から食べ物のぜんざいを意味するようになったか

その経緯を詳しく紹介しているページがあったのでここではそのHPを紹介しておく

そこではもう一つの説・・・「神在餅」から「ぜんざい」説も紹介されていて面白い

ぜんざいとお汁粉論争があるかどうか知らないが

粒あん派こしあん派論争?でいうなら私は断然粒あん派

お汁粉よりもぜんざい派

まあどっちもいいんだけどそんなにこだわりはないってことかな

これは性格的にいいのか悪いのか・・・意志の弱さともとれるし

行動力実行力指導力のなさにも通じるのかなあ

いわゆる優柔不断さだよね

それが自分らしいと開き直るしかないし

まあこれまで何とか生き延びてきたわけだから

これからも優柔不断で行くしかないっしょ

ただ最後にたった一つ・・・でもないけど

譲れないこだわりは

アンドーナツが大好きだ‘~~~~

 

検索参考

wiki

禅の視点 - life –

 ぜんざいの語源は仏教用語? ぜんざいとお汁粉の違いは?

 

 

2019年6月4日 火曜日 | 無名居士-Nameless layman

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