(その4)ある意味「こわい話」
こわい話として ある問題が出され
もちろん最後に答えが書かれています
話し自体はなぞなぞなので
いわゆる「こわい」話とは思いませんでしたが
答えは私にはわかりませんでした
まず「こわい話」と思わなかった私に問題があるのか
答えがわからなったことに問題がるのか
私は人より怖がりだと思っています
ホラー映画は絶対観ません
もし テレビや映画でこわいシーンがあったとしたら
即座に目を閉じて観ないようにします
お化け屋敷なんか絶対入りません
こわがりというのは用心深さに通じるのかなと思います
いい言葉でいうなら慎重?
石橋を叩いて渡るという諺?がありますが
私はよく言われる
石橋を叩いても渡らぬ・・・という方の性格かもしれません
でも 反対のような性格もあります
無謀 無鉄砲 向こう見ず
これらは用心深さや慎重とは無縁の言葉のようですが
矛盾することなく 同時にあり得る性格のようでもあるようです
人は矛盾したものですから 何ら不思議なことでもないでしょうね
こわがりだけども 後先考えずに突っ走るってこと大ありですからね
だからかもしれませんね
こわがりと自認していても こわさを感じないというのもあり得る
感性 感覚の鈍さなんでしょうか
さてもう一つの問題 答えがわからない
なぞなぞ とんち問題
ほとんどわかりません
私流にそれを説明すると
まじめだからと答えておきます
まじめ→かたい→
つまり 柔らか頭じゃないということ
コッチコッチと言っていいでしょう
だから 子どものためのなぞなぞ とんち問題すらすらわからない
応用が利かない 後でああやればよかったとかの反省はしょっちゅう
例えばなぞなぞなど 子どものころから興味を覚え
たくさん問題にあたっていたら 応用も利くようになるのでしょうが
さして興味がなく過ぎてきたので 問題になれるということをしていない
だから応用も利かないようになっている
柔らか頭というのは 応用の利く人なのでしょう
ゲームの類に全く興味がありません 不器用だからという自分に対する先入観もあります
好き嫌いや 興味のあるなしはどうやって決まるのでしょうね 遺伝もあるのでしょうか
カチカチの頭を少しでも柔らか頭にしたいのですが
思っているだけで何もしようとしないものぐさ
その性格を直すことが先でしょうか
自分というものその生活考えは そう簡単に変わらぬものですね
努力すればある程度変わるかもしれませんが
結局自分は自分 変わらない自分がある意味個性なのかもしれない
そう考えると自分は面白いし 人も面白い
人間 自分をもコントロールできないものだと
つくづく思います
私は私と割り切ればいいのでしょうが
割り切れぬ性分もあるようで
いやはや なるようになれと言いたくなりますが
そんな自分を一番興味があるし
好きなんだと思います
これでいいのだ
とね