日々の言葉落穂ひろい~「読書亡羊」
毎日 さとちゃんちのブログ記事にコメントしてる
さとちゃんちと言っても私しか知らないブログだが
「里恋詩くて・・・熊野・高野」とか
「熊野学舎」とか
「怒涛詩人」とかのキーワードを並べると
あるいは思い浮かぶ人もあるだろうか
知ってる人は知っている・・・当たり前だがそういう人
縁あってその方が遺されたブログの3千弱の記事に
毎日コメントしようという目標を立てた
この型のブログはすでに休止
それは亡くなられたからなのだが
Yahooブログの今年12月のサービス停止のニュースに触れ
このブログがなくなるのは惜しいと思った
他人様のブログなのだが アカウントが分かれば引っ越しは可能
以前 ブログごと引っ越しできるとは知らなかったので
個人的にブログを作って 少しずつ主に詩を中心に転載していた
しかしこの作業はよほどの粘りがないとできない
私は他にも思いつくままに いろいろやっているので
詩の転載にばかり時間を割くことはできなかった
いつしかその作業も忘れてしまった
そんな時にYahooの停止
今度はどうかしないとそのブログがなくなってしまう
私自身もいくつもブログを作っていたが 大事なのは2つある
その引っ越しもしなければならない
Yahooによる引っ越しの段取りサービスは 確か5月か6月開始
せっかちな私はそこまで待てない
ブログ引っ越しで検索すると FC2ブログが簡単という情報
すぐ引っ越しにかかった
その時ついでとは言っては語弊があるが 自分のブログではないが
先ほどの怒涛詩人のブログの引っ越しもと思ったのでした
引っ越しは 3月のうちに無事終了
そして考えたのが そのブログの3千弱ある全記事にコメントすること
忘れていたが そのブログ主がなくなっても私は思い出すたびに訪れ
特に誰もコメントしていない0コメを探して
折にふれコメントをしてきた
それらのコメントをまとめる作業も始めたが
そのコメントにも全記事にコメントということを書いていた
同じことを思っていたが そん時は途中で挫折したんだと
そのことすらも忘れていた
そして ブログ引っ越しの機会に 全記事へのコメントを目標にした
とまあ 日課にしているブログコメントのいきさつを書いたが
これは前置き ブログ記事を書いているということをまず知ってほしかったからで
そのコメントに関して 今日であったブログのことを そのブログで見つけた言葉を
ここで取り上げたというわけ
だから本題はこれから このような回りくどいことを書いているのは
この日記で2500文字以上を書きたいから これはかなり頑張らないと2千字超えはできない
なぜ2500文字以上かというと その字数を書けば 今日の1万字日記が達成できる
0時までにね 書けばOKという自己ルール
そろそろ午後11時 いけるでしょう
さてタイトルの「読書亡羊」
この言葉を私は知らなかった
見たことがあるかもしれないが 意味もそれすらも全く覚えていないので
やはり初見のだろう
先ず「ゆかし潟」という汽水湖の記事に
今日コメントしていたら出会った
「ゆかし」の名の由来を調べようとしたら
佐藤春夫が名付けたという記述があったが
それ以上の興味は湧かなかったし
コメントの先を急いでいた
何せ1万字が目標だから
しかし 次の記事にもゆかし潟
なんども「ゆかし」という言葉に出会うと気になってくるもので
ふと「なにやらゆかし」という言葉が浮かんできた
俳句かな?ということで検索してみた
検索のトップ記事のサイトが面白かった
松尾芭蕉の句だと分かったし 「ゆかし」についての説明もあった
言葉遊びを愉しんでおられるブログ主と分かった
トップページを見るとすでに休止状態
しかしそれは1000話を書き終えたことをもって区切りとしてのこと
1000話といことに私は少し驚き 少し嫉妬した
まあそのことについては今は書かないでおこう
横道にかなり脱線してしまいそうだから
更新がストップしたのはもうかなり前
2014年5月24日 (土曜日)
ところがコメント欄を見ると 19日昨日の日付
コメントをチャックされて返事も書かれていた
そこで私もコメントを書いた
バックナンバーから最初の記事を読んだ
そこで目にした言葉が「読書亡羊」
前にも書いたが初見の言葉だと思うので
言葉落穂ひろいで取り上げようと思った
それも1万字日記の為に2500文字以上書く必要があったから
その材料を探していたところ これだと思って書き始めた
言葉落穂ひろいは最近書いていないので
「読書亡羊」については調べてすぐわかったが
さほどの感銘は受けなかった
私の興味は言葉遊びの方に移った
ブログ主も言葉で遊んでいる
私の持論も
遊びが仕事 仕事は遊び
というも・・・いい加減な人間ということなのだが
ブログ主は ブログの目標をまだ探している段階
この言葉を引くことで
目標を見失わないようにという戒めを
この言葉に込められたのかなと想像
私は読書をもうかなり前から放棄した
過去に読ん打本の内容も完全に覚えていない
読んでも読まなかったと同じじゃないかという気になっている
読んだその瞬間だけ意味がある あとは忘れてしまっている
読書無用不要論でも展開したい気になっている
そこで「読書亡羊」ではなく
それに代わる適当な言葉が出来ないかと・・・
「読書茫洋」とか「読書望洋」とか
「読書冒用」もあるか
冒用とは?
「当事者の知らないうちに、名義・名称を不正に使うこと。」コトバンク参考
これは使えないか
「読書茫洋」がいいかな
自己流勝手解釈として
読書したところで 意味ないよ
参考 無名居士
今 もう一つ 他人様のブログに こちらは完全休止状態
毎日コメントして今日で5日目
このブログへのコメントが終われば
1000話達成されたブログへのコメントも考えている
しかしこちらはブログ記事の更新はお休みでも
コメントは生きているので
うログ主がそのことをどう思われるか
今日コメントしたものへも返事次第かなと思っている
さあどうなるでしょうか
お愉しみはこの先に